夢黄櫨染
投稿日:2007年07月17日 10:55
平成二年の夏、国学院大学の協力を得て、歴代天皇の装束が残されている京都の広隆寺に調査に行ったときのことです。暗い部屋の中を懐中電灯で照らしていたとき、不用意に落としてしまった懐中電灯を拾おうとして、びっくりしました。そこにあった金茶色の布の、懐中電灯の光が当たっている部分だけが、鮮やかな赤色に変化して輝いていたのです。
黄櫨染(こうろぞめ)とは、今から約千二百年前に嵯峨天皇が「天皇の色」とした染めで、天皇陛下が即位の礼などで召された装束に使われたといわれますが、本当に鮮やかな赤色が闇の中に浮かび上がったのです。「美しい…」その場で、どうしてもこの染めを再現したいと心に誓いました。
平安時代の『延喜式』という書物に、黄櫨染についての記述が見られました。黄櫨(はじ)、紫根(しこん)、蘇芳(すおう)で染め上げるとあり、調合比率も示されていましたが、実際やってみても、うまくいきません。試行錯誤の末、材料全体の微妙なバランスで、光が当たると色が変わることがわかりました。
日本人が好んで着てきた藍染めや絣、つづれなどは日本古来のものではありません。遠い昔、シルクロードを伝わってやってきました。黄櫨染こそ、日本の風土で生まれた、純粋に日本人が誇れる染めだと思うのです。黄櫨染は光を当てると、もうひとつの美しい隠された色を出す。そこに私は引かれています。そして、この色変化を一色ではなく、現代にアピールするように何色か考案しました。緑色は茶色に、濃紺は赤に、紺は赤ワイン色に、墨はえんじ色に、茶色系は赤茶色系に変化するように工夫しました。
着物だけでなく、真珠やオパールも染めてみました。「遊彩宝飾石」と呼んでいます。人は超自然に対する憧れをもっています。超自然に挑みながら、現代的な創作活動をしていくのが、私にとっての喜びです。夢黄櫨染を世界に向けて日本が誇れるブランドに育てていけたらいいなと思っています。
黄櫨染を行う祐斎亭のある場所は、桂川・千鳥ヶ淵のそば、昔、嵯峨天皇の別荘があったと伝えられているところです。築130年の趣きある建物に、センスのよい改造が加えられ、染工房と作品展示室、そしてお茶室などがあります。そんな「幻の染」に、試行錯誤を重ねた末、再現されたのが、祐斎さん独自の「夢黄櫨染」です。祐斎さんいわく、「世界一の染めには二つある。貝紫染と黄櫨染だ。」その理由は、
?貝紫染は、王や女王しか身に着けられなかった。黄櫨染も、天皇の正装用であった。
?2000年経っても変色しない貝紫染は、例えて言えば、ダイヤモンドや金のようなものです。いっぽう黄櫨染は、複数の色が遊んでいるかのような、 オパールやアレキサンドリアといった宝石に例えられます。
?どちらも美と健康をもたらす染め物であること。貝紫は、自然界の動植物のなかでも抗菌作用が強い。いっぽう別名“太陽の染”ともよばれる黄櫨染は、光を浴びると太陽の色になります。黄櫨染を身にまとうと、血流がよくなるのかもしれません。
染工房 祐斎亭 染師 奥田 祐斎
http://www.yusai.in
https://www.lifestyle.co.jp/2007/07/post_215.html
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